この辺でガチ酷評します

今年の映画が公開から5カ月がたち、そろそろ本場の長野でも映画の上映が終了したようです。
この辺で、私が映画に対して感じた不満をぶちまけたいと思います。ということで、「映画の批判は読みたくない」という方は、ここで画面を閉じていただければと思います。
 
元々、今年の脚本を担当した櫻井氏と私は相性が悪いようで、申し訳ないけど「まったくハマれなかった」というのが正直なところです。実際、5枚買っておいた前売券を1枚余らせる結果となりました。まあ、最終的な興行収入には入るでしょう。
とはいえ、私がいくら気に食わなかろうと「コナンシリーズ」の一作であることには変わりないので、あまり上映中にボロクソ言ってもな……と、今までできるだけ触れないようにしてきました。


ということで、これでも4度ほど鑑賞した「隻眼の残像」についての不満点を書いていきます。
 

  • ライフルのトリック

劇中で大きく扱われた「ライフルのトリック」ですが、あれ、別に必要なくないですかね?
凶器がライフルであるか、ライフルでない別の銃であるかが、犯人の割り出しにどんな意味がありましたか?特にないでしょう。
私自身、謎解きパートでライフルのトリック云々を初見で見た時点で「そのままライフル使えばよくない?」と思ったのですが、とあるYouTubeチャンネルで「犯人ならライフルを持っているはず、なのに容疑者の誰も持っていない、という状況ならあのトリックは有効だが、劇中の状況だと、そもそもトリックでライフルだと見せかける必要性がない」という指摘を見て、すごく納得してしまいました。
これに関連して、コナンもとばっちりを受けます。
「凶器はライフルに見せて、実はライフルではない」という謎解きのために、あちこちで布石が打たれますが、その一つがコナンが「あの時、犯人はライフルを持っていなかった!」と疑問を抱く、鮫谷殺害時の犯人の行動です。
犯人が鮫谷の体を手を伸ばして触った場面。あれ、犯人はなぜ、わざわざ鮫谷の体を触ったんですかね?必要ありましたか?
あの時、鮫谷は「名探偵・毛利小五郎」と待ち合わせをしており、銃声を聞かれたら追跡されるのは確実(実際、コナンに追われています)。「一刻も早く逃げる」が最適解のはずなのに、なぜ危険を冒して現場に留まり、鮫谷の体に触れたのか。
それは「コナンに「犯人はライフルを持っていなかった」と印象付けるため」という製作陣の都合でしかなく、犯人は製作陣の操り人形になってるんですよね。
 

  • 「ワニ」という呼び名

これは以前も書きましたが、「なぜ、鮫谷をワニ呼びするのが小五郎一人で、他の刑事たちはワニ呼び自体を知らなかったのか」。
小五郎自身が「オレしか知らない奴の呼び名」と言ってましたが、この時点でおかしい。小五郎はもう10年も鮫谷に会っておらず、娘の蘭にすらその存在を明かしていなかった(明かす機会がなかった)ほど疎遠になってたんですよ。小五郎と疎遠になってしまえば誰も呼んでくれなくなる呼び名が、なぜあったのか。
「それだけ鮫谷にとって、小五郎が特別であった」というなら、その理由付けが必要になるはずなんですが……何もありませんでした。
 
これ、櫻井氏が「黒鉄の魚影」で直美・アルジェントを灰原の過去の関係者として出したのが好評だったから、同じ手法で小五郎にもゲストキャラをくっつけたんだろうと思うんですよね。
しかし、過去のほとんどが謎に包まれていて家族全員死亡している灰原と、家族も友人も健在な小五郎では事情が違うでしょう。残念ながら、これまでの過去作品における小五郎の扱いを見れば、櫻井氏が小五郎に元々関心を持っていなかったことは明らかですが……それが、こんな形で思い知らされることになるとは。
 

  • 鷲津の言動

劇中で後半のメインの一つになったのが、大友こと鷲津のことでした。
正直、鷲津については「いろんな話の都合を一人のキャラクターにつなげた結果、わけのわからない設定になってしまった」と思っています。
まず、発端となった銃砲店への強盗。
なぜ、鷲津が御厨と共に押し入ったのが「銃砲店」なのか?ここ、後の真希に対する異常なまでの(と言っていいですかね)罪悪感と矛盾すると思うんですよね。
だって、押し入ったの「銃砲店」ですよ。手に入るのは武器弾薬。特定の誰かを狙っていたにしろ、銃器を売り払って儲けるつもりだったにしろ、誰かを傷つけずに済む物ではありません。だったら、それが「偶然出くわした銃砲店の娘」であろうが、「遠いところに住む見知らぬ誰か」であろうが、変わらないと思うんだけど。実際、鷲津と真希に面識などはありませんでしたし。
これが「貴金属店」とかだったら、まだわかるんですよ。「金に困って押し入ってしまった、誰かを傷つけることは考えていなかった」と言えます。だから真希に起きた悲劇にショックを受け、「自分のせいで」と贖罪に走るのも、わからなくはない。だって、「貴金属店に強盗に入ったとしても、誰かが傷付いたり死ぬ確率なんて、そうそうない」ですから(宝石を奪われた損害からの倒産とかはまた別として)。
これは「警察が事態を重く見て、即日司法取引に飛びつく理由付け」というストーリー上の都合でしょう。
 
こうして、なぜか銃砲店に押し入って、すぐにとっ捕まり、司法取引に飛びついた鷲津ですが。
御厨がその司法取引について逆恨みし、自分を殺そうとつけ狙ってくることを読んでいたのは、さすが「元相棒」ですね。
しかし、ここにまた一つ矛盾というか、ツッコミ所が出ます。
刑期を終えて出所した時、御厨は「罪を償い終えた」状態になるわけです。そんな御厨に、鷲津は「願わくば自分を殺してくれ」と願い、密かに自分の居場所の手掛かりを残す。
しかし、御厨の方は劇中で本人も叫んでましたが、「今はまっとうに罪を償っている」んです。
つまり鷲津は「銃砲店の強盗の罪をまっとうに償い終えた御厨を、刑期を免れた自分を殺すことで、また監獄に送ろうとしていた」ということですよ。元相棒に対してこの仕打ち。
っていうか、償いが足りなかったのはお前だけだよ鷲津。御厨を巻き込むな。
3回目くらいに鑑賞した時、アバランチコントロールのくだりで「お前、死にたいくせに雪崩は避けるんだな」と思ってしまいました。元相棒に殺されるのはよくて、雪崩で埋まるのは嫌なのかよ。
鷲津は「真希さんに償いたかった」のではない。「自分のせいで誰かを死なせたという罪悪感から逃れたかった」だけです。だから「御厨の方はちゃんと罪を償っている」という事実などどうでもよく、「自分の罪悪感を消すための、「自殺の実行役」として御厨を(適当に)選んだ」だけです。身勝手な男だ。
 
あと、地味に気になったのが「養子縁組」でした。
劇中でサラッと「養子縁組をして名字を変えた」とだけ説明されていましたが、そうなると、鷲津の事情を知った上でわざわざ養子縁組してやった「大友」という人物がいるはずですが……まったく出てきませんでした。
鷲津の事情を知って、自分の戸籍までいじって協力してやるほどの関係性なんだから、一緒に住んでてもよさそうなもんですけどね。これも「大友の正体がなかなかわからなくても仕方ない理由付け」であり「コナンに付けられた盗聴器の有効活用として、公安でもなければ調べられない事柄が欲しい」というだけの要素でしょう。
 

  • 鹿皮の手袋

謎解きのポイントにもなった「鹿皮の手袋」ですが、これも引っ掛かってしまいました。
謎解きパートで一瞬、真希が手袋を林にプレゼントするカットがあった気がするので、あの鹿皮の手袋がそのプレゼントだったということでしょうか。そうなると、ちょっと違和感が残ります。
元太に噛みちぎられた手袋は処分したとして、なぜ同じ素材の手袋をすぐさま用意できたのか。
これには2つの可能性があります。

  • 犯行に使う以上、いつダメになるかわからないので、あらかじめ予備を用意していた。
  • 慌ててその辺の店から、同じ素材の手袋を買ってきた。

前者であれば「あらかじめ用意した予備をすぐさま使える気持ちの切り替えができるなら、最初からありふれた素材の手袋を使えよ。(真希さんからもらった手袋でなくてもいいなら、)何で鹿皮という素材は揃えたんだ」ですし、後者であれば「近辺に同じ鹿皮の手袋を買える店があるなら、同じ鹿皮の手袋をはめているだけでは証拠足り得ない」です。どちらにしても、「真希からのプレゼントで犯行を行った」と匂わせる意味あったのかなー。
しばらく元太の歯の間に挟まっていた切れっ端に、林の痕跡が残っているとも考えづらいですし。
これが噛みちぎられた手袋を「真希からのプレゼントだったので、処分できなかった」と、あの場面でも隠し持っていた、とかなら証拠として確実になるのに。
 

  • 由衣の結婚について

これ、ちょっとショックだったことです。
私、由衣の結婚云々は、原作のここで区切りがついたと思っていました。原作87巻より。

由衣にとって「別の男と結婚した」という事実は、もはや変えようがない過去です。それを、原作で「気にするな」とこうしてフォローした後で、映画でわざわざ掘り起こして責めるような言い方をする必要性あるんですかね。
しかも、そうやって話題に出してチクチク言ったくせに、ラストには「ただの同僚」なんて言い方で「鈍感ラブコメ」として片付けているんです。
敢助にとって、由衣は特別なのか特別じゃないのか、どっちなんだ。「別の男と結婚したことはチクチク責めるけど、自分はあくまでただの同僚として振る舞う」って、どんだけ勝手な「キープ希望男」ですか。
 
敢助と由衣には、作中の他のカップルとは明らかに違う、「由衣が一度結婚している」という点があります。
意中の人が、自分が死んだと思われていた間に他の男と結婚した。その時点で、少なくとも自分の気持ちははっきり自覚するはずです。その結婚が「相手を愛してのことではなく、自分のためでもあった」とわかったら、もう鈍感でい続けることなんてできないでしょう。むしろ、佐藤・高木カップルくらいには、相思相愛のラブラブ状態にならないとおかしい。これは、私自身が結婚しているから思うのかもしれませんが。
「相手が別の男と結婚した」という過去を経てなお「オレとお前はただの同僚だ」なんて言ってるような、自分にも相手にも鈍すぎる男なら、もうその想いは叶わなくていいと思います。いろいろ鈍感すぎて、将来的に苦労しまくること請け合いです。
 
先週、アメリカ公式のチャンネルでは「紺碧の棺」が配信されていました。
面白いことに、「紺碧の棺」の評判の悪さは英語圏にも届いていたようで、コメント欄には「この映画が、どうしてこんなに嫌われるのかわからない」といったコメントがちらほらありました。「どんなひどい映画だと思って覚悟して見たら、そうでもないから拍子抜けした」というファンがいたんでしょう。動画の再生数も、「ベイカー街の亡霊」の1.8万回には及ばないものの、1.4万回いっていました。私も、あの映画は結構好きな方です。理由は主に「キャラクターが誰もキャラ崩壊していないから」です。
 
私の大好きなキャラクターたちが、私が知っているままの姿で生き生きと活躍している。それが私にとっては第一です。

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