気付けば、もう1カ月も仕事探しを放り出してコナンに没頭しておりました。
いや、今年の映画は良すぎる(映画のせいにすんな)。在宅業務委託の特権、「仕事が来なければ報酬0な代わりに毎日が自由時間」ですよ。というか、閑散期の仕事のなさがえぐい。先月の報酬は5000円もいきませんでした。
この1カ月、家計のお金は使わず自分の貯金から1万円出して、計5回も「ハロウィンの花嫁」見てました。しかも、諸事情によりうち3回はDolby Cinema、IMAX、4DXと特殊上映まで観まくってました(4DX以外は、別に望んだわけではないんだけど)。
昨日は、一応の見納めとして人生初の4DXに挑戦して、大興奮してきました。あれだ、ちょっと揺れが激しい電車で映画観てる感覚ですね、途中までは。1時間半で少々酔った気がしますが、残り30分のハイテンションであまり気にならなくなりました(笑)。むしろ、銃撃戦やヘリがクルクルするシーンでは、完全にテーマパークのアトラクション感覚で楽しみました。「振り回されるのが面白い」という人生初の経験を味わったわ。←テーマパークの本物のアトラクションでは、刺激が強すぎてあまり楽しめない人。
今年も開催されているUSJのイベントには行ったことがないんですが(そもそもUSJ自体に行ったことがないです…)、もしかしてこんな感じなのかしら、とちょっと思いました。
というコナン語りはさておき、最近は子どもの躾がなかなか大変です。
つい一昨日ほども、長男が保育園で覚えたきた下品な言葉を私の前で連発するのにブチギレて「ママはそういうこと言うの嫌いなの!そういうこと言わないで!」と、まるでモラハラ彼氏のような言いぐさで怒鳴りつけました。
こんな感じの「ママが好きなら言うことを聞いて」理論、私は割と多用してしまうんですが、教育上はどうなんだろう。「ママがここまで嫌だって言ってるのにやるってことは、○○君はママが嫌いなんだね!?」もよく言います。もちろん、本人は首をふるふる振って否定します。
こういう時、私は子どもに「あなたの将来のため」というよりも、「ママが不快だからやめろ」と、自分の感情を前面に出して言います。「ママだって人間だ、嫌なことがあれば怒る。まったく気遣われないのは嫌だ」と伝えるためです。
あと、「大人になると、泣くことも物を投げつけることもなかなかできない。特に物を投げることは、悪いことだとわかっているので理性でストップしてしまう。こうして怒ることが精一杯の感情表現だから、それをわかってくれ」ということも一昨日は言いました。
未就学の子ども相手に、難しいことを言い過ぎでしょうか?でも、これは偽りない私の本音です。正直、「私も子どもたちのように、その辺にあるものを投げつけてやりたい」と思うのはしょっちゅうです。片付けるのは自分だけど。
そうして感情をそこそこ爆発させた後に私が悩むこと。それが子どもが予想外に早く立ち直って甘えてくることです……。
よく育児の悩みで「子どもに怒鳴ってしまって、自己嫌悪している」というものがありますが、私はむしろ「自分が怒鳴った後の子どもの立ち直りが早すぎて困惑」って感じです。早ければ、10分しないうちに「抱っこ~」「これ作って~」って言ってくるので、どうやらショックは受けてないかな?と安心する一方、「私があれほど怒鳴ったの、ちゃんと通じてる?」と別の意味で不安になります……。
一昨日は本当に激怒したので、夕飯を食べながらも長男のほうは見ず注意もせず、風呂で体を洗いながらも目は合わせず会話も必要最低限、を寝るまでやったんですが。(これが割と効いたらしく、途中で泣き出した)
昨日はちゃんとリセットして、朝から普段どおりに接しました。
ただ難しいのが、「おもちゃを片付ける」というテーマなら終わった時点でいっぱい褒めてやればいいんですが、これが「下品な言葉を言わない」だと、終わりを区切るわけにはいかないことですね。「はい終了!よくできました!」と言った途端に「じゃあもう言っていいんだね!」と思われてまた連発されたら意味がない。
なんだろう、その後数日は、寝る時に「今日も言わないでいられたね、ママ嬉しいよ」とか言っとけばいいのかしら。
ちなみに、この「ママ嬉しいよ」も結構多用してます。夕飯を残さず食べたとき、自分で着替えができたとき、あと飲み終わったコップを自ら持ってきてくれたとき、などなど。「○○君がそんなふうにしてくれると、ママ嬉しいわー」はかなり効果覿面、だと思ってます。実家でも、母が「おやつを食べ過ぎて夕飯を食べられないと、ママが悲しむよ」とか言ってるらしい。
子どもは基本的には親が大好きな生き物です。それを、私は次男を見ていて感じます。
週に6日も仕事に駆り出され(時に日曜も仕事で潰れる)、朝から晩までいない父親を、次男は結構好いてる様子なんですね(週1で一緒にお風呂入ってる長男は不明。笑)。
そうでなくても、多分子どもには「自分は1人で生きていけない。親に好かれないと世話してもらえず、命が危ない」みたいな本能があるんだと思ってますが。だからこそ、虐待されてすら親に縋ってしまう痛々しい子も誕生してしまうんでしょうけれども。
私のこのスタンスは「母として」は結構変わってるのかもしれませんが、これが正解なのか不正解なのかは、やっぱり10年くらい経たないと分からないだろうな、と思います。


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