今日、この日に

今日から明日にかけて、センター試験……じゃなかった、大学入学共通テストが行われますね。
もしも、このブログを読まれている方に受験生の方がいらっしゃいましたら、ぜひ悔いが残らないよう全力を尽くしてください。
どうしても、自分の頃の感覚で「センター試験」って言っちゃいますね。まあ、もうしばらくは通じるでしょう。
 
……といっても、私自身は「センター試験」を受けたことはありませんけどね。なので、未だにルールもわかってません。
プロフィールにも書いていますが、私は小さい頃から犬が大好きで、犬のトレーナーを目指して、高校卒業後は専門学校へ進学しました。この専門学校が、当時「オープンキャンパスに参加して担当者と面談しておけば、入学試験は免除」という所で、私は10月1日に出願して、確か4日くらいに合格通知を受け取った記憶があります(笑)。
なので、そこからずっと、受験に追われる同級生たちを横目に見ながら部活に勤しみ、本来ならほぼ交流が持てなかったはずの1年生部員たちと顔なじみになり、卒業の時には寄せ書きをもらいました。ついでに「部活動功労賞」なんていうものも頂きましたが、「奉仕部」といってボランティアをやる部活だったので、本来なら表彰されるような成績を取るはずがなく、顧問の先生から「うちの部から部活動功労賞が出たのは初めてだよ」と言われましたね(笑)。
 
そして、今日はあの「阪神淡路大震災」が起こった日でした。
このブログを読まれている方の年代はわかりませんが、私は当時小学生でした。家が揺れた記憶はありませんが、連日報道される惨状は痛ましく、毎晩眠る前に母と「どうか、これ以上の犠牲者が出ませんように」と祈っていたことは覚えています。
もう31年になるんですね……あの震災がきっかけで、我が家にも影響が出ていることがあります。水道のコックです。
現在は「上げると水が出る」が当たり前の水道コック。あれが昔は「下げると水が出る」が多く、この震災の時に落ちてきた物がコックを押し下げ、水が出っぱなしになる事態が頻発したことが、現在の「上げると水が出る」コックに統一されるきっかけの一つになった、という話があります。
 
実は、私が現在勉強中の「日本語教師」の学習内容にも「阪神淡路大震災」が出てきました。
修了生の多くが日本での就職を想定しているので、日本における外国人政策も学びます。その中で「日本語がよくわからない人々にも、公共情報を伝達する手段」として「やさしい日本語」という概念が生まれました。そのきっかけが「阪神淡路大震災」だったそうです。法務省の検討会議の資料がありましたので貼っておきます。001370227.pdf

今や、日本語を学ぶ人は「日本語に特に用がある人」だけではないんですよね。「仕事で日本に来ている人の家族」なども増えているそうです。息子のクラスにも、トルコからの移民が転入してきています。
そういった「日本で暮らすことになってしまったので、日本語を学ぶしかない子」に対して、学校に出向いて日本語を教える、という需要も日本語教師には生まれているそうです。これ、ちょっと気になってます。講座修了後は地元の小中学校で、子どもたちに「授業についていくための日本語」を教える……悪くないパートだな。


ところで、先日の鳥取旅行で、買ったグッズがありました。
(鳥取旅行をいつまで引っ張るんだ、とか思われそうですが……笑)

ぬいぐるみです。
私としては、袋から出さずに愛でていたかったんですが……小学生男子には無理な要望でした。手足とかいじり出したので、慌てて「次男の誕生日」を口実にキノピオのぬいぐるみをプレゼントし、身代わりにして救出しましたけど。
我が家には、ぬいぐるみが結構あります。

右側は厳密にはぬいぐるみではなく、冬場の防寒用に買ったモコモコスリッパですけどね。息子たちにとっては「ぬいぐるみも同然」なんでしょう。
 
実は、「自閉症児はぬいぐるみを好きになりやすい」という説があります。試しに「自閉症 ぬいぐるみ」で検索してみたら、こんな感じでした。

ただ、各サイトの運営者、各記事の執筆者を見てみると、イマイチ「子どもの発達障害やその支援に関するプロ」という確証が持てなかったので、特定の記事をご紹介するのはやめておきます。
 
ただ、書かれていることは大体一緒ですね。「自閉症児はぬいぐるみを愛好する傾向がある」。
その理由は、第一に「変化しないこと」。
自閉症児は「変化」を嫌います。特に予定の急な変更にはパニックになることもありますが、それ以外でも、とにかく「変わらないこと」が安心感につながるそう。その点、経年による劣化や多少の変色はあっても、日々で変わることがないぬいぐるみは安心できる存在なんですね。
そして、「自分の気持ちを代弁させられること」。
うちの息子も、これはすごく該当します。高いトーンの声でぬいぐるみと会話していたと思ったら、私に要望を言った後「……って、キノピオが言ってるよ」と付け加えたり。あるいは、失言して私に咎められた時に「言ったのはおれじゃなくて、キノピオだよ」と身代わりにしたり。(こういう場合、私もそれ以上は叱責しません。「失言した自覚」はあることでよしとします)
衝動性が強く、思ったことは何でも口に出してしまう長男にとっては特に、「つい言ってしまった失言を、代わりに被ってくれる」ぬいぐるみは、とても貴重な存在なんでしょう。
 
私自身、自分の息子たちがこんなに愛好するようになる前は「自閉症児とぬいぐるみの親和性」を考えたことはありませんでした。
この記事を読まれた方に、自閉症児への理解が少しだけ進んだらいいな、と思います。

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