はい、昨日もう一度映画を観てきました。
ただ、終始そこそこ集中して観ていた長男と違い、次男はクライマックス以外はイマイチ集中できず、2度ほどスクリーンから出てその辺を散歩し、気を取り直すことになりました。それでも「中で騒いではいけない」というのはちゃんとわかっていたようで、ぐずるようなことはなかったのは成長を感じますね。
というか、本編上映前の予告が相変わらず長すぎるわ。何でお金払って15分も関係ないもん見せられ続けなきゃならんのだ。ここは次男も明らかにうんざりした様子だったし、長男にははっきり「まだ始まらないの?宣伝長過ぎ」と言われてましたよ……。
これに関して、数日前に「本編開始前の予告の是非」が少し話題になっていましたね。映画好きな方にとっては「次に観る映画を見繕うのに丁度いい時間」となっているようですが、私のように「映画館に行く時には観たい映画がはっきり決まっている」というタイプの人間には、ただただ「時間を浪費させられている状態」に他なりませんね。息子たちを連れていない時には、大体スマホでネット見て時間を潰してます。
結局、私自身も本編にあまり集中できず、またしても内容を把握しきれませんでした。まあ、前売券はまだ数枚あるので、また1人で観に行ってきます。
映画の主な不満については昨日書いたので割愛するとして、ちょっと書いておきたかったのが「犯人の動機」についてです。
林は結局、誰のために何をしたかったのかが、うまく受け取れませんでした。
真希さんの復讐と言うには、実行犯である2人に何もしていないのが気になるし。
制度への義憤を叫ぶには、やっていることはただのテロ脅迫犯。本編でも言われていましたが、人を殺したところで法案の審議は変わりません。(というか、本編でやらかしたほとんどは法案関係ないただの保身なような……)
というか、「執行猶予がついたこと」が劇中で大きく扱われていますが、「足の怪我によってアスリートとしての将来が絶望的になり、人生がめちゃくちゃにされた」という被害に対して、懲役3年でも十分「軽すぎる」と不満に感じると思うんですよね。私、一昨日の初見でここを観ながら「これ、民事で損害賠償請求できないのかな?」と思いました。
刑事で課された「最大懲役3年」は、あくまで「強盗して店員を怪我させた」という罪に対してのものなので、「真希さんがオリンピック強化選手の一人だったにも関わらず、怪我によってその将来が潰された」という損害については、民事で攻めることができそうな気がするのですが。しかも真希さんは結局亡くなっているので、父親はその精神的苦痛でもいけないか?……私は法律や裁判の知識は全然ないので、的外れな指摘かもしれませんけど。
あの父親の慟哭や林の狂いっぷりを考えるに、御厨にも「たった懲役3年?ふざけるな!」ってなりそうなもんです。
一方、「司法取引で犯罪者の罰が軽くなってしまう」という制度への不満に対しても、上にも書きましたが「刑事を殺したところで法案の審議は変わらない」です。
法案の審議が進んでいるということは、恐らく法案を進めている有力議員を中心とした議連(議員連盟)があると思いますし、その法案を成立させるべくロビー活動をした団体があると思われます。
せっかく公安との伝手があるんだから、非合法ルートでも使ってその議連の議員や団体の代表者の弱味でも握り、「法案の提出を取り下げろ」または「廃案にしろ」と脅す方がよほど現実的だし、公安に関わる犯人にできそうな妨害です。少なくとも、わざわざ危険を冒して、本来は関わりのない国立の施設に忍び込んで情報を何度も盗むよりは、「隠れ公安」にとってやりやすそうに思えます(実際、2度ともうっかり目撃されている上に、そのうち1人はただの研究員)。
私だって、普段の映画ならここまでしつこく考えませんけどね。他ならぬ公式自身が深いところまで問題を描いているので、「だったらこのくらいフォロー考えろよ」と言いたくなります。
しかも、公式が用意した「反論」は、「警官としての理想を思い出せ」という、かなりズレたものでした。あれ、つまりは「真希さんのことは残念だったけど諦めろ」と言っているだけですよね。真希さんに起こった悲劇については、もう誰もフォローのしようがなかったから。
近いところでは「ハロウィンの花嫁」のエレニカがあります。理不尽な犠牲を前に、「何の罪もない夫と息子が殺された、復讐させろ」と訴えるエレニカに、コナンは言葉を返せず、ただ抱きしめました。あれは満仲監督が「絶望に対抗できるのは愛だけ」という表現としてああしたそうですが、実際にコナンには、エレニカに反論できる言葉がなかった。それでも復讐は止めなければならなかったから、抱きしめて「誠意で包み込む」ことで、エレニカの憎しみを氷解させました。
しかし今作は、林が叫んだ「だったらどうすれば良かったんだ!?答えろ!」に由衣は答えを返せず、そのまま警官たちが「警官には理念があるだろう」と説教して終わりでした。「刑事ドラマ」としてはあれが正解なんでしょうが、これって「少年漫画が原作の名探偵コナン」なんですよね……。
せめて、反論として言うべきは「お前は警官だ、国家や国民に尽くせ」ではなく「真希さんはこんなこと望んでいない、お前が前を向いて生きていくことを彼女への弔いとしろ」といった内容じゃないですかね。櫻井さんが選んだのは前者ですが、「コナン」として言わせるべきは後者でしょう。個人的に、今は亡き古内さんが今回の脚本を書かれていれば、後者を選んだと思います。
こうしていろいろ書きつつ、各種サイトでは今作はとても高評価のようですし、映画レビュアーからも軒並み絶賛されているのを見ると、ちょっと寂しくなりますね。
どうして私は、この映画にのめり込めないのだろう。こんなに粗ばかり目についてしまうのだろう。
「映画としてのクオリティが高い」ことは、頭ではわかっているのですが。初っ端から記録的大ヒットしていることも、ファンとして嬉しく思えるのに。肝心の映画本編の内容にのめり込めません……。「ベイカー街の亡霊」の高評価についても常々思いますが、「映画としてクオリティが高いこと」と「コナン映画として名作であること」はちょっと違うかもしれない、と思っています(私は「ベイカー~」がイマイチ好きになれません)。
あと何度か観れば、素直にこの映画を楽しむことができるでしょうか。そう期待して、また時間をつくって行ってきます。
※ネタバレ全開※犯人の扱い
コナンのあれこれ

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