遠い昔を思い出してみた。

うーん、なかなかテープ起こしの仕事を再開する勇気が出ない……。
そろそろパートを始めて1カ月たってるので、予定では掛け持ち始めてる頃なんですけどね。
パートから帰って昼食食べると、もう買い出しすら面倒になってます。ぶっちゃけ、まずは家事と家の中の整理整頓って感じで。やっぱり、出勤して接客する気疲れっていうのは、半日の勤務でもあるもんですね(昨日はコロナ患者続出で、6時間勤務になりましたが)。これでも業務内容、先輩たちの3分の1しかやってないんだけど。そして通勤時間10分未満なのに。
 
私の場合、こんなに時間がなく感じるのは、多分子どもの通園にバスを利用してるので、子どもたちが帰ってくる夕方4時過ぎまでに家事を終わらせないといけないし、帰ってきちゃったらテープ起こしはほぼできないからだろうな。これが送り迎えだったら、自分に都合のいい時間で迎えに行けばいいので、もうちょっと仕事に時間割けるような気がします。
一応、テープ起こしの仕事も、振られたのが夕方で、納期までに週末挟まない案件だったら、時間が足らなくなりそうなので、子どもたちが実家に遊びに行ってる間に少しでも進めておくんですが。
というか、それで中2日で割とギリギリなんで、本当に納期までにパートの出勤日入ってたら、時間が足らなくて納品無理な気がします。いや、本当にベテラン兼業起こしワーカーさんのタイムスケジュール知りたい……。


ところで、何日か前にツイッターで「小1の壁」というキーワードが話題になっていて、ちょっと気になって見てみたら、「子どもが小学校に上がると、延長保育の時間まで学童保育で預かってくれなくて仕事ができなくなる」ということでした。
恥ずかしながら、全然知りませんでした。
 
私の場合は、今のところ午前のみの勤務なので、このまま続けるのならあまり関係ない話にはなるんですが。ただ、子どもが大きくなっていっても自分の収入が月4万そこらでいいのか、というと多分それではやっていけないので、将来的には私にも問題になってくるんだろうな、と思います。
というか、世のワーキングママさんたちはよく働くな……。朝7時から夕方6時?7時?まで預けないと仕事にならないって。家の掃除はいつなさってるんでしょうか。私の場合、掃除機とか出してくると息子たちが掃除機に群がって「オレもやる!」って取り合い始めるので(笑)、子どもがいる前では掃除機はかけられない状態が続いておりますが。長男が小学校に上がったら、それも変わるのでしょうか。
 
というか、私が仮に今のクリニックでフル勤務したら、その預かり時間だと、かなり需要とズレが生じます。個人経営の開業医での医療事務は、基本的に午前の診察分の片付けが終わったら一旦上がり、午後の診察時間に合わせてまた出勤、となりますので。中抜け時間が長い分、午後の診察まで仕事すると、夜7時とか余裕で過ぎますね……。昔働いてたクリニックは受付が夜7時半までだったので、受付終了間際に駆け込みで患者さんがバタバタ来なければ8時前、でないと8時半くらいの上がり時間でした。事務員がほとんど独身の正社員だからできる体制です。私もでしたが、みんな結婚して辞めていきました(かなりベテランの先輩で産後に復帰する人がいましたが、いろいろ気を遣われて特別待遇でした)。
 
あと、上がっていた意見で私が「?」となったのがありました。「小学校はかえって帰りが早くなるので、子どもが帰ってきた時に家に誰もいなくなる、子どもが鍵っ子になってしまう」というものでした。これが、私にはあまりピンとこない
私は三女なんですが、次姉とは5つ離れていて、私が小2の時には中学校に上がり、部活に入って帰りは夕方になっていました。両親ともに正社員で、母にいたっては隣町(今は合併して同じ市内になってますが)の総合病院で看護師として夜勤もしていたので、私は文字通りの「鍵っ子」でした。基本的に、「小学校から帰って、家が施錠されてない日は母は夜勤」という感じで。
たまたま鍵を持ち忘れて登校しちゃった日は、玄関から真裏にある風呂場から家に侵入したりしてました(笑)。それが当たり前だったので、「鍵っ子」を否定的に語る人の感覚がよくわからない。
 
当時はそれをかなり寂しがっていたのか、母が私にかなり気を遣いながら出勤していったような記憶があります。
でも、それよりも先に思い出したのは「小学校から帰って、姉が部活から帰ってくるまでの2~3時間は、家の中で自由にできるフリータイムだった」という認識でした。好きなことを堂々とできるので、むしろ姉が帰ってくる時間を気にしては「まだ大丈夫」とか思ってた気がします。もちろん、物を壊したり危ないことはしてません。
 
ちなみに、私は小学1年生から近所のピアノ教室に通っていましたが、母はもちろん仕事で付き添えず、私はまだ時計も読めないうちから下校後に自力で教室に行っていたようです(時計の文字盤を母が書いた当時の教本が出てきて初めて知った。覚えてませんでした)。当時はファミリーサポートセンターとかなかったので(学童保育という言葉も覚えがない)、自力で頑張るしかなかったんでしょう。それでも教室に入れた母、受け入れた先生もすごいですが(笑)。
ピアノ教室自体は中学校に上がる時に辞めましたが、その先生は地元で合唱団も主宰されていて、私は何年かそこで歌を楽しみ、最終的に先生とは成人直前までの長い付き合いになりました(というか、結婚後も合唱団の発表会に呼ばれたりしてます)。
 
小学生の子どもが帰宅した時に親がいるべきだ、という意見は「安全上・防犯上の観点から」というなら、私も十分に理解できます。さすがに、20年前とは環境がかなり変わっていますし。
ただ、「子どもが寂しがるから」という理由なら、「それは必ずしもそうではない」と思います。子どもの私にとって「親は普段はいないもの」という認識でしたが、それでも私は子どもの頃から、両親のかなりの親バカを感じていました。私が出掛ける時には必ず「気を付けて行けよ」とか声をかけてくれた父とか、学用品の袋をほとんど手作りしたり、運動会の弁当を豪勢に作ってくれた母とか。かなり愛されていた記憶があります。家族旅行にも、年に数回行ってましたし。そのせいか、私にも姉にも反抗期というものは全くなく、お陰で親離れのタイミングを逃した感があります(笑)。
 
「長く在宅しているかどうか」、「一緒にいるかどうか」で親の愛情は測れないよ、という話でした。
かなり昔のことを思い出して、懐かしいやら照れくさいやらです。

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