ビックリ結婚エピソード、と見せかけて。

一昨日の記事を書いたのがきっかけで「結婚相談所」についていろいろ見ていた中で、思い出した話があります。
 
まず、私の両親は地元の神社が仲立ちした見合い結婚だったのですが、元々「中学の先輩・後輩」だったそうです。なんでも部活まで同じだったとか。なので、見合い結婚にも関わらずお互いの知り合いを結構知っていて、よく会話で「ほら、中学で一緒だった○○が」「ああ、あの人」みたいな話が出てきていました。
私たちの結婚前には、年始になるとその神社に一家で初詣に行っていたんですが、そこで顔なじみの宮司さんと近況報告したりするのが恒例になっていましたね(私には全然わからん話を両親がしていた)。
 
というか、今でこそ相談所などのネットワークでどんな遠方の相手とでも出会えるので「見合い=見知らぬ人と出会う」という認識ですが、昭和も中期なら「見合い希望」として縁結び神社や相談所に登録する人たちの生活圏もかなりかぶるので、そういった「元々知っていた人との見合い」も、案外結構あったのかもしれません。
 
しかし、一番面白い結婚話はこれではありません。もっとすごい結婚話は母の姉、私の伯母夫婦です。
伯母と伯父、なんと「交際0日結婚」です。なんでも伯父は伯母に「付き合ってください」をすっ飛ばして「結婚してください」と言ったそうな。元々、工房をやっていた母の実家に出入りしていた関係者の中に伯父がいたらしく、そのプロポーズからそのまま結婚が決まり、伯母は実家のある愛知県から埼玉県へ「嫁いで」いきました。
そのまま結婚生活が続き、3人の娘が生まれ、今でもその埼玉の家で仲良く暮らしているのがすごいです。伯父は一級建築士として長年働いていたので、経済的に不自由しなかったというのも理由の一つかもしれません。今はもう定年退職していますが、長いこと親戚内で「あそこのリッチさは一段違う」みたいな扱いをされていました。私はオーストラリアで一人旅行したことがあるのですが(確か2泊5日で)、出発の日、たまたま旅行から帰国していたその伯母が、余った旅費をほぼそのままくれた、ということがありました。
 
しかも、親戚内で関東圏に住んでいるのがその伯母一家だけだったこともあり、私や姉が関東に行きたい時には、よく泊めてもらっていました。
私が小学生の時の話です。銀座で「青山剛昌の世界展」というのが開催される、という情報を入手し(当時まだネットがそれほど普及してなかったので、恐らくサンデーでの告知だったのでしょう)、両親に「絶対に行く、1人でも行く」と言い張った結果、困り果てた両親がその伯母宅の従姉に私の世話を頼んだ、ということがありました。
当時まだ時刻表も読めず、新幹線のチケット代もわからなかった私が「東京に行く」と言い張ったのは、今にして思えば無謀でしかないのですが(笑)。東京駅で出迎えてくれた従姉はとても優しく案内してくれて、無事に会場まで着いて楽しめたのも、無事に帰って来られたのも従姉のお陰でしたね。
 
その辺りから、伯母一家の中でも私は「コナンが好きな子」という認識になっていたようで、後に成人してから伯母に会った時も「まだコナン君と倉木麻衣さんが好きなの?」と、開口一番聞かれました。
ちなみに「倉木麻衣さん好き」の方も、麻衣さんが「さいたまスーパーアリーナでバースデーライブをやる」という情報を聞きつけて何とかチケットを取り、伯母に「ライブが終わったら泊めてくれませんか?」と頼んだことがあったからでした。「さいたまスーパーアリーナ」が何かすごい会場だという認識だったんですが(いや、実際に大きな会場ですけど)、後に武道館でもライブが実現し、そこにも駆けつけた私。
で、伯母宅に着いたのは夜9時をまわっていたと思いますが、伯母はかなり豪勢な夕食を用意してくれて、伯父とはなぜか哲学とか宗教とかの話で盛り上がったような記憶があります。
しかも次の日に漢字検定(準1級)の受験日が迫っており、なぜか伯母に新幹線代を出してもらって、名古屋に急ぎ戻っての受験でした。この強行軍は今はもうできないかなー(笑)。
 
なんだか「親戚のビックリ結婚エピソード」なのか「私のコナンファン年季自慢」なのかわからなくなりましたが(笑)、こうしてかつての自分の無謀ぶりと、今に続く恵まれっぷりを時々思い出すのもいいもんですね。

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