なんか、前回の記事を投稿したくらいからアクセス数が爆上がりしてるんですが(それでも1日200はいかないけど)……何があったんだろう?そんなにユニークな書き方だったかな?
……まあ、「地方議会でコナンについて話してる図の紹介」は確かにユニークだったかもしれない(笑)。議事録って、「テープ起こし」の仕事もしている私にとっては割と身近なものなので、さらに以前は毎日議会の議事録を作ってたので抵抗感もなく、単にドッキングさせてみただけですけどね。
さて、当然のように映画の公開初日にはパートの休みを取り、丁度いい時間に近所の初回上映があったので早速行ってきましたけれども(朝方生活をする私に、最速上映はちょっと無理でした。生活リズム崩れまくる)。
嬉しいことに、長男が予告を見ながら「これ行きたい!」と言い出し、次男も「行く」と言い出し、去年に引き続き今年も息子たちを連れて参戦することになりました。丁度1年前に「初めての映画」体験記 |で「映画館というもの、その雰囲気」については学習している次男が「暗くても大丈夫、行く」と言うので、これは人生経験も兼ねて連れて行ってみよう、と決心しました。
ただ、やはり5歳児に100分は途中で脱落しても不思議じゃないので、やっぱり母なり旦那なりのサポートを頼むつもりです。
で、肝心の映画ですが。
正直、私は途中で暗号云々がワケわかんなくなって「これはリピートで見直そう……」と脱落したんですが、帰りに買った小説版を読んでみたら割とわかってきました。これは謎解き自体が難しいのか、演出面のわかりやすさが不十分だったか、はたまたテンポの速さのせいなのか……。
しかし、福城親子には惚れましたね。特に聖さん。彼の終盤の言動を踏まえて、序盤の和葉への好意を思い返すと、せつないものがあります。近々、pixivで福城聖さん関連の小説を書こうと思ってます。
で、※ここからはネタバレ全開でいきますのでご注意を。ついでに若干(?)批判気味なのでご注意を。※
今回の映画によって「優作と盗一は兄弟であり、コナンとキッドが従兄弟関係に当たる」ということが明らかになりました。
正直、私としては「現実的に妥当な線ではあるけど、できれば避けてほしかった」という思いがあります。
「純然たるライバル」であったコナンとキッドが「妙に近しい関係性」として見えてしまう、ということが一つ。本人たちの仲が作品を重ねるごとに妙に良くなってきてしまった、というのとは、また違う感覚なんですよね。
というか、「何で優作が弟で盗一が兄なんだよ、逆でもいいじゃん」とか思いましたが(笑)。これは単に、作品の開始時期が「まじっく怪斗」の方が早かったからだと思いますが、「総合的にまじ怪が上、コナンが下」と定義付けられたような気がして複雑です。
あとコナン至上主義の私としては、30年もの間「両親」以外の血縁者がいなかったコナンに「伯父と従兄弟」が判明したというのは、じわじわくる萌えポイントではあったんですが、それはそれとして。
「まじっく怪斗」の目線で見ると、父としての盗一にどうしても抵抗があるのです。
「なぜ、わざわざ息子を犯罪組織に近づけるよう仕組み、命を狙われる息子を笑いながら見ているのか」と。
私は昔、「revenge」という海外ドラマにハマっていました。父子家庭だった主人公ですが、その父が濡れ衣を着せられて獄死。濡れ衣を信じてしまった(というか信じさせられた)彼女はずっと不遇の中で父を憎んでいましたが、濡れ衣だったと知り、逆に父を陥れた奴らに復讐を決意。別の女性と戸籍(って言っていいのかな?)を交換し、別人として中心的な役割を果たした夫婦の息子に近づいて婚約者となります(後に本当に結婚します)。
そして父への投獄を手伝った者たちを次々と嵌めていくのですが、その手法は決して褒められたものではなく、彼女は作中で再会した初恋の男も諦め、ひたすら復讐に邁進します。しかし、シーズン3のラストだったと思うんですが、その復讐の原動力であった父親が、実は生きていたということが明かされます。
私がこれを見ていた放送局が途中でサービス終了してしまい、レンタルショップで最終シーズンを見つけた時にはもう熱が冷めていたので、結末がどうなったのかは知りませんが、そのシーズン3が終わった時点での私の感想「エミリーの復讐は一体何だったんだ?おいデヴィッド、生きてるならまず娘を過酷な運命から救えよ」でした。
作品の開始時点で死んでいた親や恩師が、実は生きていた、実は全て知っていた、というのは「よくある展開」です。大抵の場合、それで片付けて問題ないと思います。しかし、「そのせいで主人公が人ならぬ道に進むことになったり、犯罪者になったりするのは、ちょっと倫理的に、それだけで済ませちゃいかんだろう」と思うのです。
私が息子を持つ母親だから、こう思うのかもしれませんが。
「盗一は親として、怪斗に自由な人生選択をさせる気がないのか?」と思ってしまうんですよね……死を偽装しておきながら、10年もたってから自分の爪痕を息子に見つけさせ、「キッド」を継ぐよう仕向けた。それはすなわち、息子を自分の望む犯罪者(しかも既に指名手配されている)に仕立てたということです。そして「自分を殺した組織」を追わせ、どこまでも自分の面影を追うよう仕向けている。なぜ純粋に「マジシャンとして成功した父、黒羽盗一」のままでいてあげなかったのか。何なのこの毒親。
しかも、盗一は青山ワールドにおいて、最強レベルの頭脳を持つキャラとして扱われています。その盗一が、なぜ自分で組織と戦わないのか。いや、これから参戦するのかもしれませんが、なぜ息子を巻き込む前提で動いたのか。
これに関しては優作もそうと言えますが、少なくとも優作は組織に関わってはいないんですよね。妻が幹部と友人だったり、息子が組織の被害に遭ったりはしてますが、本人は最近なぜか警戒され出しただけで(これ、本当に理由が不明。表向き優作と組織は何の関わりもない)、新一本人が「手を出すな」と言えば手を引ける程度の関わりなのは「コナン」原作のとおりです。
しかし、盗一は自分が組織に命を狙われ、死を偽装した関係です。本来なら組織と相対するべきは盗一自身であり、怪斗じゃありません。怪斗をわざと組織に近づけ、関わらせたのは盗一なのです。
自分の始末は自分でつけましょうよ、最強キャラさん……。
……ということをぐるぐる考えたりするのですが、やっぱり私が好きなのは「名探偵コナン」であり「まじっく怪斗」ではないので、怪斗には「天才の毒親持つと大変だね、まあ頑張って」が最終的な結論かな。ま、怪斗はひどいファザコンなので、どこまでも盗一を追いかけていくのでしょう。
あと、今年の映画は原作者さんの手がけた原画シーンがとても多いですが、個人的にズキューン!となったのは、原作でのロンドン編のワンシーンがその原画で再現されたことだったりします。早くDVD発売してもらって、あのシーンをじっくり見直したい(まだ公開3日目だけど)……。


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