「イライラしない」が最上ではあるけれど

先日、ツイッターのプロモーションで、名古屋市の「イライラしない子育て講座」というものが流れてきました。私が子育て中の母親だとシステム的に判断したんでしょうが、これを見て私は思った。
「イライラする」ってそんなに悪いことか?
私も、息子たちには日々イライラしております。うちの子は生まれた時からかなり育てやすいほうで、よく食べるし寝るし、保育園で問題を起こすことも一応ないし。親に似て飽きにくいようで、同じものでずーっと遊んでてくれます。
 
それでも、食事時についついおもちゃをいじりに行ったり、ジュースやお茶をこぼしては「こぼしてない!」と言い張ったり、走るなといくら言ってもその辺を走り回ったりと、親を怒らせる行動にかけては、そこそこやってくれます。
私自身は堪忍袋の緒の長さがジャンルによって違うらしく、時には瞬間的に沸騰する自分を感じたりします。我が家は戸建てで、足音や怒鳴り声で近所迷惑になる心配も少ないので、割と本気で「いい加減にしろ!」と怒鳴ることもしばしばです。
 
しかし、私は「子どもの行動が原因で怒る時」に、子どもから離れて気を落ち着けようと思ったことはあまりないです。原因は子ども自身の行動なので、子ども本人に「あなたの行動が原因でママは怒っている」と分からせないと、また同じことを繰り返すと思うからです。(っていうか、分かってても繰り返しますけどね…)
 
子どもって、意外に大人をよく見ています。本当に怒っているかどうか、逆に本当は怒っているのかどうか、敏感に感じ取ります。そして、他人の子どもに本気で怒れる人はこのご時世、あまりいません。もっと大きくなって、小・中・高校で熱血教師にでも当たればあるかもしれませんが、よその未就学児に向かって本気で怒る人は、物でも壊さない限りはかなりレアでしょう(物を壊してすら責められないかもしれない)。そして、大きくなってから本気で他人を怒らせたら、それはもう修復不可能な事態になりかねません
しかも、子どもの学習は、小学校に入る前からもう始まっています。入学した途端に子どもの倫理レベル(と言っていいのか)が勝手にランクアップすることはないです。「昨日までやってよかったことが、今日からできない」というのを、頭では理解できても、感情で受け入れられないのが子どもだと思います。
正直、そちらのほうが後々、子どもには酷じゃないかと思うのです。
 
もちろん、子どもを感情のはけ口にして当たり散らすのは、まったく別です。親のやることじゃありません。原因が夫婦関係とか仕事関係とかの、子どもには無関係なことだったら、それは子どものせいじゃないので、当たるのは理不尽です。私も「こんなことがあってね、ママ嫌になっちゃうよ」みたいに愚痴ることはありますが(笑)。
 
そして、「イライラしたっていいじゃん」と思う理由がもう1つ。
「ママだってイライラするんだ」と子どもに分からせるからです。母親は神様や天使じゃない、人間だから、ちょっとは気を遣わないと怒って、怒鳴ったりもするよ、と子どもに「体験」させる。
そして、私も叩いたりはあまりしませんが、「突き飛ばす」ことは割とやります。もちろん、突き飛ばす先はジョイントマットとかソファとかで、怪我をしないことが前提ですが。それは割と感情にまかせてやっちゃうんですが、そこで「ママもカッとなって突き飛ばしちゃった。これは悪いこと。でも、ここまでママが怒ったのは何でか分かる?分かったら、お互いにごめんなさいしよう」と続けます。子ども自身も、実際に自分が(物理的に)振り回されたことにはショックを受けてくれますので、「あまりに怒らせると何か嫌なことをされる」と身をもって分からせるのは、1つの方法としてありなんじゃないかな、と思ってます。
 
これを書くに当たって「子育てのイライラ」について調べてみたら、見事に「イライラを子どもに向けない方法」がズラッと並んでました。そんなにママは間違ってはいけないのか、常に冷静でいなければいけないのか、とげんなりするのは私だけか。
もちろん、感情的にならないことが一番理想的で、それに越したことはないと思いますが。ただ、我が子を「いずれ独り立ちする人間」として見たとき、自分もまた「1人の人間」として、至らないところもさらけ出して接することは、あながち間違ったことではないんじゃないかな、と思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました