昨日、また「灰原哀物語」を観に行ってしまいました(笑)。何度見ても、オープニングのメインテーマと、終盤のベルモットと有希子さんのやり取りに興奮します。
しかし、灰原さん初登場の話とメインであるミステリートレイン編以外の話は、何度見ても「何でこれっぽっちのシーンをわざわざ入れた……?」という気持ちが拭えません。いきなり途中から挟まれるワンシーンの数々。しかも本当にワンシーンだけで、その状況になった説明も、その後の顛末についてもまったく触れていないという。本当に消化不良感がすごい。この辺りは、見ながら「私なら、もっと違う構成にするな」と思いました。
そのミステリートレイン編でコナンに、まさかの対組織の最前線に送られたのが「怪盗キッド」だったわけですが。まあ、私は特にキッドのファンではないので、感想としては「まあ、運悪かったね」くらいのものなのですが。いずれまたキッドがメインとなる映画は作られると思うので、その前に言いたいことがありまして。
キッドを新一に変装させるのは、もうやめてほしい。これです。
これまで何度も新一に変装しているキッドですが、これは原作者の青山さんによる趣味のところが割と大きいです。あの人、寵愛ナンバーワンの赤井秀一を除いては、蘭とキッドがお気に入りなんですよね。そのお気に入り2人を絡ませ、かつコナンに嫉妬させるのが趣味らしく。特にそんな趣味はない私にしてみれば、「何度同じシチュエーション見せられるんだよ」という話なんですが。
ちなみに、これまでキッドが新一に変装した映画と、劇中における動きです。
- 「世紀末の魔術師」→蘭に「新一じゃないよね?」と問われて「もう全て話してしまおう」と決意したコナンの前に新一として現れ、「コナンと新一は別人」と蘭に誤魔化してくれた。劇場版史上、唯一コナンの役に立った変装でした。
- 「銀翼の奇術師」→初めて盗みのために新一に変装し、コナンを絶句させる。ここで頬を引っ張られたのが元で、後の映画では「キッドの素の顔立ちが新一に激似」説が定着します。
- 「業火の向日葵」→最初から最後まで、新一に激似の顔を最大限活用。「ひまわり」の警備陣に入り込んだり、美術館のセキュリティを抜けたり。お前いい加減にしろ、と思ったファンは多いはず。
- 「紺青の拳」→途中までずーっと新一として活動。新一の顔とネームバリューを盗みにも思いっきり利用するが、どうやら見抜かれていたらしくあっさり罠にはまる。
これだけ新一に変装されたら、さすがに「もうちょい変装相手のバリエーション増やせ!」と言いたくもなります。ちなみに、上の2作品においては途中で新一以外にも関係者に変装していますが、下の2つにおいてはマジで新一にしか変装していません。
ただ、新一として長く振る舞ってはいませんが、1番タチの悪い「新一のふり」をしたのは「天空の難破船」でした。凡ミスで蘭にだけ正体がバレたキッドが、誤魔化すために「オレは実は新一だ」と蘭を騙す、という嫌な展開でした。しかも、そのことをしばらく忘れており、蘭に問い詰められて思い出した途端に、反省もなく今度は蘭を口説きだす、という最悪なことをしやがりました。しかもそこの原画まで描いてますからね、青山さん。趣味に走るのもいい加減にしろ、という話です。
実は「業火の向日葵」の公開前は、予告で登場していた新一に「これが犯人の変装であり、キッドはその偽新一の犯行を止めるために事態に介入するのではないか」という予想をしているファンもおり、私も「そうであってくれ」と思っていました。既にキッドが二度も新一に変装する映画がありましたからね。まさかその後に、もっと堂々と新一になりまくる映画が作られるとは思いませんでした……。
実は作者さんの趣味とは別に、キッドの設定として「新一になるのが手っ取り早く便利」というのがあります。なにせ新一は、
- 「高校生探偵」として顔が知られていて、警戒心を解かれやすい。
- 素顔が激似(2度目)なのでマスクで変装する必要がない、なので顔を引っ張られて変装がバレるリスクもない。
- 「新一本人」であるコナンの事情から、本人が出てくることでバレるリスクがない。
これだけ条件揃ってりゃ、まあ新一に変装したがるわな、と……。しかし、「変装が得意」が個性であるキッドが「変装しなくていいから」という理由で新一になりすましまくるのも、なかなか微妙なものです。
ここまで考えて「じゃあ、何で原作では新一に変装しないの?」と思いました。
キッドって、原作では実にいろいろな人物に変装していて、恐らく「同じ人物に二度は変装しない」というのを作者さんが決めているんだと思いますが。その中で、条件は同じはずなのに、新一として登場したことはないんです。
ちょっと想像してみて、「うん、原作でキッドが新一に変装したら即行でバレるな」と思いました。だって、原作で「新一」が登場したりしたら、まず蘭や園子辺りに「関わってる事件(これが組織のこと)は大丈夫なのか」とか「何でいつも具合悪そうなのか」とか(コナンが一時的に新一に戻る時は、大体体調崩してるので)問い詰められること請け合いです。コナンは組織のことをキッドに全然話してませんからね(当たり前ですが)。
しかしそうなると、なぜ映画ではキッドは新一になりすましまくり、かつそういった心配なく新一として過ごしているか、という話になります。
まず、映画は話のスケールが大きくなるので、そもそも「新一の事情」を本人に問い詰めそうな蘭や園子と接する機会があまりない、というのがありました。「紺青の拳」ではしばらく「新一」として蘭といましたが、この映画では蘭に早々に偽物だと見抜かれていたことがラストで明らかになるので、ちょっと特殊です。園子と同じ飛行機に乗った「業火の向日葵」では問い詰められるべきでしたが、この映画はいろいろとキャラ崩壊が激しいので、もう誰が変な言動をしていても気にならなかった(汗)。
次にキッドが登場するのが何年後になるのかはわかりませんが(私としては、別に出なくていいんだけど)、その時にはぜひとも、まともな「変装」をして「誰になりすましているのか」を客に予想させてほしいな、と思います。


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