はい、今日から私は5連休です。パート先のクリニックとしては9連休なんですが、レセプト(診療報酬明細書)の修正作業のために1日だけ出勤するので、微妙に9連休にはなりませんでした。
そのたった1日の出勤日が、よりによって4日になってしまい、大ショックです……。毎年5月4日に行っている映画の「バースデー鑑賞」の望みが潰えました。ついでに言うと、旦那もその日は出勤らしく、仕事が終わってから子どもたちを預けて行くこともできず、仕事中だけ子どもたちを頼む母も「映画のために預かることはない」というスタンスなので(既に観てる映画のリピートである手前、私も強く言えない……)。昨日も、仕事のため「その日は子どもたちをお願いします」と言ってみたら、「映画はダメだからね」と念押しされました。わかったよー……。
その映画ですが、先日書いた中で「不満がある」と書きましたが、その不満の部分をちょっと書いていこうと思います。気になったのは、主に2点でした。
まず、物議を醸したコナンと灰原の「人工呼吸」シーンではなく、その原因になったコナンの行動についてです。
コナンは組織の潜水艦を潰すため、単身で潜り、潜水艦の位置を地上(実際には上空だけど、コナンは詳しく知らない)から狙う赤井に知らせるため、おなじみ花火ボールを海中で破裂させて海を照らしました。その際、接近してきた潜水艦の水圧で海中ヘッドセットと酸素ボンベをふっ飛ばされながらボールを射出したわけですが。
いやアンタ、ヘッドセットはともかくとして、酸素ボンベは死守しろよ。潜水艦と心中する気か?
と思いました。これ、初見では展開のめまぐるしさに圧倒され、気付いてなかったんですが、リピートして話の流れを把握したら「おいおいちょっと待て」と言いたくなりました。
だって、潜水艦がいるような水深ですよ?酸素ボンベなしで、どうやって生還するつもりだったの?灰原いなかったら、お前死んでた上に、どこで死んでるかもわかってもらえなかったよ?
しかも、灰原が追いかけてきたのは、たまたまコナンと赤井の通信を灰原が聞いたからであって、コナンから「ちょっと潜水してくるから、戻ってこなかったらこの辺を探してくれ」とか言われてたわけでもありません。
さらに嫌なのは、「潜水艦をもっと引きつけるために」その場に留まり、酸素ボンベを失ったコナンが「今だ!」とボールを射出して照らされた海面の、ド真ん中に潜水艦がいたことですね。どう見ても「もっと引きつける」必要なかったよ、もっと早くボール射出して離脱しても結果同じだったよ……。正直、もっと潜水艦の位置が照らされた範囲の端っこで「ああ、ここまで待たなかったら照らせなかったな」という感じがあれば、まだ納得できたかもしれない。まあ、あそこは絵面として、照らされた海面の端っこに潜水艦がいては見栄えが悪かったんでしょうけど。そこまで照らして最後の一撃を放ったのが「組織随一の射撃の名手」とわざわざ言葉で説明された赤井だったのが、また何とも。こう言っちゃなんですが、赤井の狙撃の難易度は、映画に登場する度に下がってる気がします。とあるYouTuberさんも「あれはもう狙撃の名手でなくても当てられるよ」と言ってましたわ。
この展開について、私は映画第9作「水平線上の陰謀」を思い出しました。
豪華客船が爆発によって沈みゆく中、一度は救命ボートに乗った蘭が、子どもたちからプレゼントされた手作りアクセサリーを落としたからといって、船に戻る展開があります。それが原因で最後のピンチが起こるわけですが。
この蘭の行動は、ファンからも結構批判されたようで、実際に「取ってはならない行動」だと思います。
私には、その蘭の行動が、今回「黒鉄の魚影」でのコナンの行動にかぶって見えました。むしろ、「船に戻っている」「場所はアクセサリーを落とした場所」と園子に伝えて行っているだけ蘭のほうがマシでは?とすら思います。コナンは誰にも告げず行動を起こし、唯一通信していた赤井も、コナンとの通信が途絶えたことに気付いてませんからね。
しかし、今の所私の目に付く所では、このコナンの行動が批判されてる様子はありません。どうやら、みんな見事に演出に引っ張られているようです。
それにしても、ここまでコナンに無鉄砲な行動を取らせなければ、一番の山場であるらしい「コナンと灰原の感動シーン」を演出できなかった、ということですね。そのシーン自体が別の映画「14番目の標的」の展開をなぞってるんですが、そのなぞり方もえらく中途半端で、私としては「どうせなら、息を吹き込まれてる最中にコナンが意識を取り戻す、という流れまでなぞればいいのに」と思いました。
まあ、そうすると完全な「14番目の標的」との対比になってしまい、「ただの人工呼吸とわかりつつも蘭に赤面してしまうコナン」と、「ただの人工呼吸だから灰原にまったく赤面しないコナン」の差が、より鮮明になってしまう、ということなんでしょう。その配慮が「今作のヒロインはあくまでも灰原だから」なのか、「制作陣が蘭より灰原を優遇したいから」なのかは知りませんが。
もう1つ、私が気になったのは、コナン・安室・赤井の三者通信です。
これは、映画だけを観ている人には違和感がないかもしれません。そもそも前提の設定を、公式が誤認させている節があります。
何が言いたいかというと、「あんな交渉をする権限が、そもそも安室にも赤井にもないだろう」ということです。
日本国内で米軍から調達した兵器を使う、そんな交渉を現場の捜査官がしてていいわけないやん。「赤井さん、アナタ一体誰にどんな交渉術を使ってあのロケットランチャー調達したん?」というツッコミと、「安室、お前の上司、しっかり登場してるやん。なにを独断でそんな許可出してるの?」というツッコミが……。まあ、赤井の上司のジェイムズもしっかり登場してるんですが、普通に見るだけでは上司だとわからなくても無理ないので、そこは仕方ないと納得しよう。
最後の「ライ」「バーボン」呼びに関しては、もう「キャラ萌え層へ媚びるためだけのセリフ」ですね。物語上では何の意味もないどころか、赤井が「ライ」でなくなってもう3年もたってるので、むしろ組織内で新たな「コードネーム・ライ」が誕生していても不思議じゃないくらいなんですが。
まあ、原作者さんがこの2人には未だにガンダム萌えしてるので、もうここは「いい加減にガンダムから離れろよ」くらいしか言うことありませんわ。……無理っぽいなぁ。
こんなにボロクソ書いてますが、全体としては割とこの映画は気に入っています。
博士が過去最高にカッコイイ。ベルモットがちゃんと変装を駆使してボスと密通して、彼女らしさを出している。キールが活躍している。個人的には、一番気に入ったのは灰原が拉致された際の一連の展開です。コナンと博士のあのスピーディー連携プレイなんて、コナン映画史上初じゃないかな?
あと、地味に図解。
ウォッカとピンガの逃走経路をコナンが図解で推測するカットが「観客にちゃんと状況をわからせよう」という気遣いを感じます。こういう丁寧な説明、初期の映画では結構あったんですが、ここ10年ほどはかなり適当になってました。
今回の映画でわかったことがあります。
博士か小五郎を大事にする人は、その他のキャラも大事にしてくれる。
安室とか赤井とかキッドとか、人気の高いイケメンキャラのことは誰でも大事にするんですよ。人気キャラをカッコよく見せれば、手っ取り早く評価を得られますしね。逆に、「ぞんざいな扱いをしても大して文句を言われないキャラ」に対する扱いで、その制作陣の作品全体に対するスタンスが見えますね。その最たるものが「純黒の悪夢」でした。赤井と安室を派手に活躍させるため、展開のため、周りのいろんなキャラが歪められました。コナンですら例外ではなかった。
逆に、去年の「ハロウィンの花嫁」では、序盤だけでしたが、小五郎が大活躍してファンは大いに喜びました。同時に登場キャラのそれぞれに見せ場があり、各キャラファンの喜びの声がありました。
これは、「ファミレスの店員への態度がその人の本性である」という説と似ています。贔屓すれば称賛され、適当に扱ったらクレームがくる相手のことは、誰でも気遣って、丁寧に対応します。しかし、そればかりを気にして「適当な対応をしてもうるさくしない人」への気遣いを怠ってはならない。これは私自身も多分そうで、ついつい忘れがちになってしまうことではないかと思います。
ゴールデンウィークには何やかんや予定が入っちゃったので、1枚残ってる前売券をいつ使うかは未定ですが、できれば友人ともう一度観たいな、とは思ってます。

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