昨日は次男の保育参観に行ってきました。
予想以上にちゃんと先生の言うことを聞いて、他の子と一緒に遊んで、そして自分が遊んでもいないブロックおもちゃの片付けを黙々としていて、ちょっと衝撃でした。「え、この子こんなことできるの!?」ってなりました(笑)。
たまたま隣になったお母さんと「うちではこんな綺麗な片付けはできませんね……」って言い合っておりました。
夏休み前に担任の先生に呼び出されて「やっぱり落ち着きがないので、小学校に上がる前に市に療育の相談をしてみてほしい」と言われたんですが(保健センターに相談に行ってみたら、保健師さんに「しばらくは様子見ですね」と言われた)、この分なら大丈夫ではないか?と思います。まだまだわかりませんけど。
で、昨夜は「から紅の恋歌」を久しぶりに見てました。公開当時は私が授乳期真っ最中&旦那があまりに帰ってこなくて(仕事です)夫婦仲がかなり悪化していた時期でもあり、映画をよくよく見直す余裕がなかったせいで、歴代の作品の中でも記憶に残っていない映画でした。
それでも以前から「この映画はあまり好きじゃないな」と思っていたんですが、理由が「(爆発して)煙で中が見えないビルに、スピードをつけて突っ込むコナン」と「自分たち2人で脱出できないのに、コナンが助けに来ること(=コナンが自分たちと同じ危機に瀕する前提)を期待する服部君」は倫理的にどうなんだ?と思うからです。
だって、コナンがスケボーで突っ込んだ先に瓦礫の切っ先があったら、コナンはそのまま串刺しで終わりですよ……。「爆発してて煙で中が見えないビル」ってそういうことですよね。なのに、「まるで問題なくビルに入れることがわかっているかのような突入の仕方」は興醒めします。観客はコナンたちが死なないことがわかり切っていたとしても、それをキャラ当人が意識しているような描写はダメでしょう。
さらに、服部君が「工藤が来れば」と待っていたのはどんな脱出法を想定していたのかと思えば、「コナンがサスペンダーを持ってるから、それを命綱に屋上から下りられる」というだけの話でした。いやさ服部君、ダメ元でロープとか探した?その辺の布を結び合わせて伸ばす努力とかした?別にあのサスペンダーでなくてもよかったんじゃない?「親友を死地に戻らせる前提で、コナンのサスペンダーでなければならない場面だったのか?」と……。
結局、服部君たちを先に下ろしたことで再脱出が遅れたコナンは、案の定死にかけました。これはこれで、「水平線上の陰謀」の蘭をどうこう言えない愚行ですね(めっちゃ蒸し返す私)……。
公開当時から何となく思っていた疑問はこれだけでした。「和葉も静華さんも都合よく競技かるたできるな、おい」とかは、もう今さら言いません。
気になったのは、「和葉と紅葉がかるた対決をすると知った服部君が、和葉のヘルプとして静華を呼んだ」という部分でした。
……「和葉と紅葉が恋愛対決する」っていう部分は、服部君は知らない体で話が進んでいたと思います。でなければ服部君が「2人の女に取り合いされてるのに、素知らぬふりで事件にかまける無神経男」みたいになっちゃいますし(捜査に戻る前に仲裁しろって話ですよ)。劇中でも和葉に「誰かと喧嘩でもしてんのか?」と声をかけています。
あれ?だったら何で服部君は自分の母親を和葉のヘルプに呼んだの?
服部君の認識としては、「よくわからないが、和葉がかるた大会に出場して優勝を目指すらしい」という程度のもので、紅葉と取り合いされていることはおろか、「かるた部の危機」すら知っていたかどうか定かではありません。なのに、わざわざ静華さんの「元クイーン」という過去に目を付けて呼んだのか?ん?と、引っかかりました。
あとは、単純に「本人不在で何を盛り上がっとんじゃ、君たち」ということですね。「優勝した方が告白する」まではわかります。しかし、その後に「服部君をゲットする」まで話が進んじゃうと、「おーい、服部君本人の意向は?」ってなりますよ。何で優勝した方が告白したら、問答無用で服部君がそれを受け入れることになってたんだろう?
まあ、ここにツッコむと、映画の本筋である「服部君をめぐって少女2人がかるた対決」が成り立たなくなるので、強引に通すしかなかったのかな。
あの対決自体が不公平だよな、とも思いますけどね。得意ジャンルが違う2人が対決するのに、なぜ片方の得意分野だけでの対決になるのか。和葉がかるた大会に出たんだから、紅葉も合気道大会に出場しないと公平な対決にならないと思うのですが。
これも「テーマが『かるた』だから」というメタ理由しかなく、ちょっと設定の詰めが不十分だったかなーと思います。
ここに挙げたことは全て気に入らない、だから「から紅の恋歌」は駄作だ、と言うつもりは全くありませんが、たまにフラットな目線で見ると、ツッコミ所はいろいろあるもんだな、と思いました。
というか、終盤の建物崩壊シーンが単純に見づらい。これは当時の静野監督の作品では全体的にそうでした。コナン単体の上下動だった「異次元の狙撃手」はまだそうでもなかったんですが、その後の「業火の向日葵」も「純黒の悪夢」も、「どこがどう崩れていて、誰が何をしたくてそのアクションをしていたのか」がとにかく「見てわからなかった」ですね……。この辺り、初期作品の監督だったこだま氏は本当にお見事でした。一度カメラを引いて俯瞰を見せるアングルを必ず入れて、「わかりやすさ」を心掛けているのがわかりました。
……このまま書いてるとツッコミを通り越して愚痴ばかりになってしまうので、この辺で終わりにします。
かなり批判してますが、私としてはこの映画はそんなに嫌いではありません。あくまでも「楽しんで見ながらいろいろツッコみたい」というスタンスで書いたつもりです。
次のテーマでは自分の「お気に入り」に突っ走れたらいいですが、何にしようかな。


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