最近、息子たちが着々とコナンファンへの道を歩み出しております(笑)。
昨日も、運動会の総練習を終えて帰宅した長男は、宿題をさっさと終わらせたらAmazon Prime Videoでコナンのアニメを見出しました。しかも、普段の授業と違うことをやってきて明らかに疲れて眠くなっているのに。Prime Video入っといてよかったなー、と今さらながら思います。
ちなみに息子たち、映画の方はあらかた見尽くした後で昔のアニメを見てたりして、映画で当たり前に登場しているキャラの初登場の話を後から見る、みたいな事態にもなっております。「紺青の拳」はとっくに見ている状態で数日前に京極さん初登場の話を見ていたりすると、私なんかは「時系列どう解釈してるのかな?」と思ったりしますけれども。
実は現在、コナンで書いてみたいネタがあるのですが、とりあえず原作から関連シーンを抜き出すために104巻全て読み返してみたいので時間がかかり、ちょっと先になりそうです(今さっき3巻くらいまで確認したんですが、久しぶりに読み返すので普通に読んでしまう……笑)。
なので、今日は別の話にしようと思います。
「まじっく怪斗」という漫画をご存じでしょうか。「コナン」の人気キャラ「怪盗キッド」を主役とした漫画ですが、実は「コナン」よりはるか昔に連載開始し、未だに完結していない、という驚きの作品なのですが。サンデー公式ページから拝借。

こういった言葉がまだメジャーなのかはわかりませんが、私は「作品買い」タイプであり、「作者買い」はしないタイプです。
(一応説明しておきますと、「作者買い」というのは作品を好きになると作者自身のファンになり、同じ作者の他の作品も興味を持つタイプです。「作品買い」というのは個々の作品のファンになっても作者自身には興味を抱かず、同じ作者の多作品には手出ししないタイプです。)
で、私はバリバリ「作品買い」タイプであり、「コナン」は大好きですが「まじっく怪斗」には興味がないです。あちこちイベントに出掛けていくのも全て「コナン」が絡むゆえで、作者さん自身の生い立ちなどにはあまり惹かれません。
とはいえ、「まじっく怪斗」のキャラはかなり「コナン」に出張してきてるので、必然的にチェックはすることになるんですが。特にアニメは、「まじっく怪斗」にコナンが登場したりしてるので、コナンマニアとしてはチェックせざるをえなかったんですよね。
で、なんとなーく「まじっく怪斗」のアニメを見てると……あれ、なかなかヤバイ話だと思います。
まず、基本設定として主人公が泥棒……は、一応事情があるのでまだよしとします。
私が「これ、ヤバくね?」と思ったのは、「その幼馴染みで主人公の本命彼女が、主人公を追う警官の娘」ということですね。
まあ、「怪盗が主人公」という作品において、主人公の親友なり恋人なりがそれを追う立場というのは、ありがちな設定で他にもいくつか有名作品があるので、恐らく「それってそんなヤバイか?」と思われるでしょう。私も、「まじっく怪斗」を読んだり見たりするまでは、あまり気にしていませんでした。
何がヤバイって、主人公の怪斗君、「担当警部とプライベートで昔なじみなのを利用し、警部のプライベートタイムを利用して捜査情報をさりげなく聞き出している」ことですよ……。しかも、父親が亡くなり、母親も海外に行っている怪斗君を厚意で招いてくれている夕食の場でそういった会話をしているんです。目の前には彼女もいる状況で。話によっては、その彼女もとい青子と2人で出掛けている時に、青子の言動から犯行トリックの着想を得たりしています。そのトリックで警部を出し抜き、青子に「キッドはすごい怪盗だ」とか言ってるんですよ。
正直、どんな神経してたらこんな所業ができるんだ?と思いました。
そして最近、ちょっとしたきっかけで最新5巻に興味を持ち、買ってみました。そこに、さらに怪斗君の良識を疑うシーンがありました。

電子版買うと、ワンシーン抜き出すのこんな楽なんだ……今までコミックス開いてスキャンしてたあの手間はいったい……という愚痴はともかくとして。
アンタに倫理観はないのか?と思ったのは私だけかしら。大好きな彼女の姿を、犯行現場からノーチェックで逃げるために使う。しかもそうやってまんまと逃げおおせることで、彼女の父親は仕事上の「失態」を重ねることになるんですよ。彼女自身も、そんな父親の姿を見ながら、常日頃自分に反発しているんですよ。しかも「また」ってことは、これ常習なんだね?
キッドファンの何割が「まじっく怪斗」を愛読していて、このシーンもしっかり読んだ上でファンをやっているかは知りませんが、その人たちの倫理観はどうなってるのか、ちょっと気になります。コナンが毎度毎度小五郎を眠らせてるのなんか、全然かわいく見えるくらいの非道だと思うのですが。
ちなみに、この巻で明かされる怪斗君の両親のなれ初めもなかなかに酷いです。
元々、怪斗君がキッドとなったのは、数年前に亡くなった怪斗君の父親が実は「キッド」で、得体の知れない組織に殺されたということが判明し(と言いつつ生きてるっぽいですが、それはこの際無視)、組織を釣り出すために「キッド」を継いだ、というのがこの作品の基本設定です。その父親がなぜ「キッド」になったのかは、それまで明かされていなかったんですが。
それが「元々怪盗として活動していた母親の犯罪者としての名声(?)を消し去るため、もっと有名な怪盗になる必要があった」でした。しかも、元々知り合いで好意を持っていたとかいうわけではなく、それを決めた場面が2人の初対面です。
なんなんだこの一家は。倫理観のぶっ壊れっぷりがすごい。怪斗君は父親を「最も尊敬するマジシャン」と称していますが、できれば父親の人間性まで称賛するシーンはないといいなぁ。
ただ、この5巻を読んで、白馬君が紅子に好意を持っていることが知れたのは、ちょっと面白かったです。
何が面白いって、この2人、「警視総監の息子で高校生探偵」と「魔女」という、「同じ作品に出ちゃダメじゃね?」というペアなのです。失礼ながら、怪斗君よりも紅子を主人公にした方が面白そうな気がします。
「まじっく怪斗」は「コナン」より掲載が稀なので、続巻がいつ出るかはわかりませんが、多分私はもう買わないだろうな、と思いつつ、今日はこの辺で。

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