最近は朝方はやることがなくて暇なので、いろいろ動画を漁ったりしているんですが。
その中に「安室は未だコナンの正体を知らない」というものがあったので、それに関連してちょっと思い出したことを書いてみます。
去年の映画に関連して去年と今年でひっくり返っている?安室の認識 という記事を書いたんですが、やっぱり安室の動かし方には粗があるな、と思いました。
警察学校編で明かされたらしい「灰原の母親であるエレーナが初恋の人で、彼女を探すために警官になった」設定、必要だったのかしら……?
というのも、そうなると、彼にとって灰原は「初恋の人の娘であり、唯一残った忘れ形見(もう一人の娘である明美が亡くなったため)」という、そこそこ特別な相手であるはずなのに、原作からも映画からも「灰原を気に掛けている」様子がまったくないんですよね。その設定の意味が、せいぜい「安室の回想をきっかけにかつての宮野夫婦を描き、夫婦の組織との関わりを描く」くらいしかなくなってます。
で、あの映画です。
上の記事でも書きましたが、コナンはずっと灰原の存在を安室から隠してきています。当初は「組織の一員である可能性があるから」だったと思いますが、未だに隠し続けている理由は明かされていません。可能性としては、「警察内部に組織のスパイがいる可能性を警戒している」「灰原が公安に保護されることで、阿笠邸に住めなくなることを防ぎたい」あたりが考えられますが……正直、「事情を話して、あとは安室の判断に任せればいいんじゃないか?」と思います。安室なら重要人物の情報をそんなに迂闊な相手には話さないだろうし、灰原の住居に関しては、それこそ「違法捜査中のFBI捜査官が日本国内で米軍から調達したロケットランチャーを撃つ許可」を出せる(笑)安室なら融通利かせられるだろ、って感じなんですが。
あと、「老若認証」ですが。
去年にも「老若認証結果だけを見ても、本来安室にはコナンとつなげられるだけの情報がないはず」と書いたんですが。1年以上たって思い返してみても、やっぱりあれは「コナンと灰原が親しいのは当然」という製作陣の視点の偏り(まあ、あれだけ「灰原がコナンに向ける感情」にスポットを当てていれば、視点が偏るのも仕方ないかもしれませんが)を感じますね。キャラクターの視点に立っていない。
あれが沖矢なら、まだ理解できました。沖矢=赤井は本人に伝えこそしていませんが、コナンの正体に完全に気付いていますし、灰原とも面識があります。「老若認証によって幼児化に気付かれ灰原が拉致された、コナンに情報提供しなければ」となる道理もわかります。
しかし、安室はコナンから灰原の存在を隠され、特に顔は見られないようかなり気遣われてきた上に、ちょうど去年の映画によって「コナンの正体を知らない」ことを強調されています。それで今年、「シェリーが幼児化した可能性」からひとっ飛びに「その少女はコナンの知り合いだろう」と当たりをつけるのは、ちょっとなぁ……。原作では司令を受けて新一のこともコナンのことも探ってるので、余計にそう思う。
ちなみに、その「黒鉄の魚影」のファインプレーによって一気に評価を上げた感のある水無怜奈ことキールですが、彼女も正直、「?」な行動をとっています。
何かと言うと、「本来、彼女にあそこまでして灰原(&直美)を助ける義理はないはず」ということです。これは結構ややこしくなってる気がしますが、「灰原の方はコナンからの話でキールのこと(組織の構成員であること、本当はCIAからの工作員であること)を知っているが、キールの方は灰原を知らない」という状態なんです。もちろん、2人が直接対面したことなんてありません。
灰原に盗聴器を仕掛けられたことに感づいて、それを利用して灰原に潜水艦からの脱出経路を知らせる、ここまではわかります。しかし、その後で「逃走しようとしている灰原を、ジンに刃向かってでも止める」はやりすぎでした。それも、その前に直美の姿を通じて、殉職した自身の父を思い出した後の行動なんですよね……。
あれ、製作陣としては「父を亡くした自分と同じ境遇になってしまった直美に、キールは肩入れしてしまったんだ」という表現かもしれませんが、父イーサンの最期のセリフであり遺言は「オレの代わりに任務を全うしろ」であり、原作においてその経験を踏まえたキールの結論は「何があっても父の……CIAの任務を優先する」です。つまり、あの回想によって強調されるべきキールの信念は「任務の完遂」であり、「目の前の気の毒な女性を助ける」ではないはずなんです。しかし、製作陣は「灰原を助ける役回りができるキャラクターがキールしかいない、それっぽい理由付けをして灰原のためにジンに刃向かわせよう」と考えてしまった。
これが「灰原がコナンの知り合いであると知っていたor感づける状況だった」なら、また話も違うんですけどね。キールは原作でコナンに「ホントにすごいのね、君」と言っていましたし、コナンが組織を追っていることも知っています。「友人らしき少女を助けることで、コナンに恩を売っておこう(それで自分の任務に有利に働くかも)」という考えだったら、ジンに刃向かってまで助ける行動にも説得力が出たのになー。
あの映画について私は以前に「総合評価:良」としましたが、正直「演出と背景美術と音楽に関しては傑作、キャラクターの解釈や設定理解に関しては駄作」になりつつあります。
「コナン」って元々「トンデモ展開を楽しむ」作品として評価されている様子がありますが(曲がりなりにも推理物のはずなのに、ある意味すごい)、私としては「物理的にどれだけ無理があろうと構わないが、キャラクターの解釈が合わないのは耐えられない」というタイプなので、できればこういうキャラクターの使い方は控えてほしいと思います。
改めて「黒鉄の魚影」におけるキャラクター解釈の話
コナンのあれこれ
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