昨日は「緋色の弾丸」を流し見しましたが、どうやら私にとってあの映画は鬼門だということが判明しました。マニアの意地(笑)で、どんなシーンも覚えたいので何度か見ておこうと思ってたんですけど、トラウマを容赦なく抉られるので(私個人の人生経験上のものではなく作品内のものです)、本当に困ります。どうしようかな。
私はこのブログで、趣味に関しては極力ネガティブなことを書くまいと思っているので、愚痴はこれくらいにします。(つい一昨日、記事1本使ってギャーギャー言ってたじゃん、とか言われそうですが。笑)逆に仕事のこととか日常生活上の自己主張とかは、それを読んだ誰かに気にしてほしいので、肯定、否定なんでも書きますが。
「ハロウィンの花嫁」、各所で警察学校組や安室、コナンのかっこよさが語られていますが(笑)、私はどうしても、「母」としての面を持つエレニカを中心に考えてしまいます。

そしてプラーミャのこともいろいろ考察、というか妄想してみた結果、たどり着いたことがあったので書いてみます。結論から言ってしまうと、
プラーミャは、殺害手段が爆弾でなければ、日本で破滅することはなかったのではないか、ということです。
私がエレニカ達「ナーダ・ウニチトージティ」のことを考えたとき、真っ先に思ったのは「息子までも巻き添えで亡くさなければ、エレニカは復讐に走らなかったのではないか」ということでした。むしろ、夫が警官だった彼女のこと、夫だけを亡くしたなら「息子を犯罪者の子にしてはならない」と犯罪行為までは思いとどまり、「全てを犠牲にプラーミャを追ってきた」と言うほどにプラーミャ殺害に傾倒しなかったのではないかと思うのです。
プラーミャ自身は「ナーダ・ウニチトージティ」を「うるさいハエ」と罵っており、エレニカ個人のことなどまったく視界に入れてもいません。このことから、エレニカの幼い息子(息子の年齢は出ていませんが、29歳のエレニカが3年前に既に組織を立ち上げていることから、まだ幼かったであろうと推測できます)が巻き添えで死んだ程度のことはプラーミャとしてもよくあること。クライアントの政治家たちとしても、それがプラーミャへの信頼を損ね、依頼を控える理由にはなっていないことがわかります。
これは殺害方法が爆殺なので当然のごとく予想の範囲内だからであり、「ターゲット以外の人間が巻き添えで多少死んだところで構わない」というクライアントの傲慢さが垣間見えます。
そもそも、「ハロウィンの花嫁」感想(軽いネタバレあり?) でも軽く触れましたが、殺し屋個人が被害者の恨みを買い、復讐のための組織ができるというのは、なかなかないことだと思うんですよね。
そうやって「狙われたわけでもないのに、理不尽に巻き込まれた被害者」がとても多かったからこそ、エレニカ達は殺害を依頼したクライアントではなく、周囲への被害が甚大な爆弾しか使わないプラーミャ自身への憎悪を募らせ、組織化してプラーミャを追うことになったのではないかと思うのです。
しかも、この「爆弾なので被害甚大」というプラーミャの性質により、ふとした拍子に故人の笑顔を思い出し、「あの人は復讐なんて望んでいない、やっぱりやめてしまおうか」と決意が揺らいだとしても、「いや、今度は誰が爆発の巻き添えになるか分からない。やっぱりあいつは殺さなければ」と思い直してしまうんじゃないかとも思うんです。正義感が復讐心をアシストしてしまうという事情すらあり得るんです。これは劇中でのエレニカのセリフにも表れています。
そうやって意図せず憎悪を集めてしまった結果、プラーミャは「ナーダ・ウニチトージティ」に何年も追われ、疲れてしまって、日本で「仕事ではない、自分のためだけの爆破計画」を立てるまでに追い詰められます。
もしも、プラーミャがもっとピンポイントにターゲットだけを狙う殺し屋だったなら。
エレニカは息子までも失うことはなく、あれほどの復讐心をたぎらせることはなく。あれほど大勢の人から「こいつを生かしておいてはいけない」と思われることもなく。さらに言えば、もっと良心的(?)で「ターゲット以外は傷つけたくない」というタイプのクライアントを掴み、被害者たちの憎悪をクライアントにそのまま背負ってもらい(笑)、安室とコナンという、日本の2人の天才を敵に回して敗北することはなかったのかな、と思いました。
しかも、多分、制作陣の方々はここまで考えての「プラーミャは爆弾魔」という設定ではないと思うんですよね。
コナン映画で爆発は毎度のことだし(笑)、「2色の液体が触れると爆発する」というのはビジュアル的にもわかりやすいし。「ナーダ・ウニチトージティ」についても「コナンの敵と思われたグループが実は哀しみの集団であり、憎悪を乗り越えて最後にはコナン達と協力して東京を守る」というカタルシス展開のための要素でしょう。
それが、今年はこれほど見事に関係キャラたちの背景を描き出し、整合性を持って映画を彩る要素となり得る。すごいと思います。
ちなみに、私としては「単独犯であれほどの液体爆弾を仕込むのは無理」といったツッコミに対しては「エレニカ達みたいにバイトを使った」説を推します。だって、片腕が上がらない人が結婚式の準備をしながら、誰にも知られずあれを自分で全部つけるのはさすがに無理。あと、地下街や下水のことは考えません(笑)。
液体爆弾の材料費や結婚式周りの出費も含めて考えると、プラーミャもなかなか苦労したな、と思うものですが(式費用は全額村中持ちだったのか、折半したのかが地味に気になります)。
ゴールデンウィーク前に、また観に行きたいと思っています。

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